任務を完遂せよ!
2023年1月24日、終末時計は残り90秒に針を進めた。首都直下型地震の起こる確率は30年で70%と公表されている。首都防衛の要である頭号師団長 兒玉陸将にお話を伺った。
■ラグビーが縁で進んだ防大・自衛隊への道
防大に進学する以前の高校時代、花園に行くためにラクビーに明け暮れた生活を送っていました。それこそ一日12時間練習なんていうハードな生活だったんです。ですから、よく防大に進学したあとの寮生活や訓練がきつくてやめたくなるなんて話を聞くことがありますが、そんなふうに感じたことはありませんでしたね。
親族や友人に自衛隊関係者がいたわけではなく、関連の知識はまったくありませんでした。普通に4年制の大学を受験して進学するつもりだったんです。そんな私の人生の道筋を決めてしまったのが、まさにこの高校時代のラグビー部の監督でした。「2週間後にテストがあるから受けてこい」といきなり命令されまして。これが防大の入学試験だったんですよ。監督が宮崎地方協力本部の企画した防大の研修旅行に参加して感銘を受けて、自分の教え子を防大に進学させたいと考えたらしいんですね。いつの間にか監督が私の名前で願書を出していて、いわれるままに試験を受けてきた感じです。いま思えば公文書偽造ですよね(笑)。そのまま試験に合格してしまい、他の進路を検討することもなく防大進学となりました。
そんなラグビー少年でしたから、防大進学後もラグビー部に所属して、訓練や授業時間以外は好きなラグビーの練習に没頭していた記憶しかありません。ですから、防大時代の思い出=楽しい記憶しかないんですよ。とはいえ、防大ラグビー部はかつて関東大学リーグの1部にいたこともあって、私が在籍していた当時は2部から1部への復帰をめざして練習を重ねていました。しかし私がキャプテンを務めた4年生のときまでに1部復帰を果たせず、「留年してもう1年防大に在籍すれば、一部復帰ができるじゃないか」と考えて卒業研究の先生に「赤点をつけて留年させてください」とお願いしたんですが、逆に「お前みたいなやつは早く自衛隊に入ってしまえ!」と追い出されました(笑)。
■防大小隊指導官に言い当てられていた空挺レンジャー配属
防大卒業後の陸海空の進路は、2年生のときに決まります。じつはその当時の志望は、航空自衛隊だったんですよ。というのも、防大入学直後に私と母、小隊指導官の三者面談があったとき、指導官が開口一番に「あ、兒玉君は空挺レンジャー!」と宣言されました。指導官の言われるままに陸上自衛隊に行くのが嫌で特に興味も関心もなかった航空自衛隊を希望したんですが、何の説明も説得もなく当然のように陸上自衛隊に決められました。そのまま防大を卒業して幹部候補生学校に進み、もうラグビーはできないなあとボーっと思っていたときに、「待てよ?空挺に行けば社会人ラグビーができるじゃん!」というアイデアが浮かんだんです。そこでラグビー部の先輩である隣の候補生隊の区隊長に相談したら、「わかった! いま電話してやる!」となって、その場で初任地が空挺団に決まり、皮肉にも、小隊指導官の予言めいた宣言がそのまま現実になってしまったんです。
その結果、原隊となる第1空挺団特科大隊に着隊したときには、空挺団長から「お前が兒玉か!お前はラグビーだけやってればいいぞ!」と言われて(笑)。おかげでラグビーに明け暮れた空挺団時代を過ごすことができ、全自衛隊ラグビー大会では優勝メンバーに入ることができました。当時、もともと空挺団ラグビー部は強豪チームで、前年にも優勝していて、私が初参加した年が2連覇目のときですね。空挺団ラグビー部は関東社会人1部リーグにも参加していて、こちらは全自衛隊ラグビー大会よりもレベルが高かったので、ハードでおもしろかったです。当初の3年間はラグビー漬けの毎日を過ごし、それ以降は空挺団の訓練に打ち込みました。
空挺団で8年間を過ごし、小隊長として部下も持ちました。もちろん、年上の陸曹を部下に持つ新米指揮官です。いま思ってみれば、空挺団の陸曹はそういった初級幹部を育てるという意識がかなり強かったんですね。「小隊長は防大出で経験がないんだから、知識も無かったら役に立たんでしょ!」「CGS(指揮幕僚課程)の1次試験くらい合格しろ!じゃなきゃ陸士に陸曹候補生の勉強しろって言っても聞いてくれる訳ないでしょ!」って怒るんですよ。上司や先輩に言われても何ともないんですが、部下に言われるのはかなり応えました。ありがたい叱咤激励のお陰で幹部学校(CGS)に進むことになったんです。
写真上:陸幕募集・援護課長勤務での陸上幕僚長褒賞状授与式(H27.7.30)
写真下:第62回全自衛隊ラグビーフットボール大会準優勝記念(R4.12.4)
■八夜九日で睡眠時間10時間以下という過酷な大隊訓練検閲
ラグビーをつづけていたおかげで体力だけは自信がありましたから、8年間の空挺団時代のレンジャー訓練や演習などをきついと感じることはありましたが限界を感じることはありませんでした。幹部学校修了後は函館地方連絡部や防衛庁長官官房、陸上幕僚監部、統合幕僚監部を経て、その後になんと原隊である第1空挺団特科大隊の大隊長として着任したんです。そのときに経験した大隊訓練検閲が、記憶にある限りで体力的には一番きつく限界を感じました。
入間基地からC1輸送機で東富士演習場の駒門にパラシュート降下して、その時点でかなり体力を削るのですが、そこから富士山の裾野を左回りに一周して延べ100キロ行軍し、ふたたび静岡まで戻ってくるんですが、これは準備運動。ひたすら隊員の体力を奪うことが主目的のメニューなんです。そこから物量投下でパラシュート投下された車輌や火砲を回収し、北富士にむけて約40キロ攻撃し、防勢転移して防御の穴を掘って火砲を埋め、そこでもっともミスが許されず神経を使う実弾射撃検閲を受閲したんです。隊員も疲労困憊していたので僅かなミスがもとで検閲「不可」、再検閲になってしまいました。この間、八夜九日の連続状況でほとんど眠ることができず、睡眠時間は合計10時間くらいでした。この疲れ切った状況で任務を確実にこなすことにこそ、真に戦える部隊だと思うんです。大隊訓練検閲はわずか八夜九日でしたが、ウクライナではすでに1年以上も過酷な戦闘がつづいていますよね。精神的にも体力的にもきつい状態で基本的かつ基礎的な戦闘行動できないと戦力にならないので、有事に備えて厳しい訓練を実施しているのです。自分自身が空挺団長だった時も、この演習に匹敵するような大隊訓練検閲を企画していました。
写真上:北海道訓練センター訓練の第34戦闘団目標奪取記念(R4.8.29)
写真中:北海道矢臼別演習場上空6000mにて(H29.9.4)
写真下:空挺自由降下課程修了記念(H29.4.17)
■家族との絆が有事の心の砦
私は、いま20代の若い隊員が「いい仕事だ」と本心で思える環境を整えなければ、これからの若い世代が自衛隊を志してくれないと思っています。頭ごなしに命令するのではなくて、「おれたちの部隊のこの任務を達成するためにお前はこれをやってくれ。力を貸してくれ」と、きちんと納得してもらう必要があるんですよ。自分くらいの年齢になれば、自衛官という仕事はすごく崇高な役割で、やりがいがあると気づきますが、それを20代の若い隊員が実感できるように説明しないとダメなんです。若い隊員が周りの同世代の友人に「自衛隊は面白い!遣り甲斐がある!」と自信を持って言える職場を目指したいですから若い隊員の話を聞いて、満足感を得られる訓練や、納得感のあるルール、勤務内容や生活環境など、変えられるところはどんどんと変えていっています。その上で若い皆さんが数ある職業の中から自衛官という仕事を選んでくださるなら、ありがたいですね。師団長から隊員への要望事項として「家族を大切に」と示して、なによりも家族を大切にするよう指導しています。自衛隊の任務は国民の生命と財産を守ることですが、隊員一人一人にとって「国民」とはだれか?それは「家族」だと思うんです。隊員一人一人にとって「国民の代表」は「家族」ですよね。家族を守るためだから身の危険を顧みず行動できるんだと思うんです。自分の子供のためなら命は惜しくないというのは自然な心理だと思うんです。家族との絆が強ければ強いほど自衛官としての任務意識は高まると思うんです。国民の代表たる家族も守れないようでは国民の生命財産は守れませんよね。ですから、普段は家族が第一、仕事は第二というくらいの心構えであって欲しいんです。そうであってこそ、いざ有事となったときに自分の家族を守るために戦えると思うんです。
プロフィール
陸上自衛隊頭号師団長
兒玉恭幸
こだまやすゆき
出身地:宮崎県延岡市
統率方針
「全ては任務が基準」
要望事項
「創造的破壊への挑戦」
「地域との連携強化」
「迷ったら報告せよ」
「家族を大切に」
平成元年3月 防衛大学校(機械工学)卒業
平成元年9月 第1空挺団特科大隊
平成8年8月 陸上自衛隊幹部学校
平成10年8月 函館地方連絡部
平成12年8月 防衛庁長官官房
平成14年8月 陸上幕僚監部防衛部運用課
平成18年3月 統合幕僚監部運用部運用第1課
平成19年8月 第1空挺団特科大隊長
平成21年7月 陸上幕僚監部運用支援・情報部運用支援班長
平成23年8月 第6特科連隊長
平成25年3月 陸上幕僚監部人事部募集・援護課長
平成27年8月 第1空挺団長
平成30年3月 陸上幕僚監部監察官
平成31年4月 教育訓練研究本部副本部長兼ねて総合企画部長
令和2年8月 第13旅団長
令和3年12月現職
《自衛隊応援クラブ第33号のその他のページ》
・リポート
防衛力の抜本的強化7つの重視分野
https://dsc.or.jp/News/view/dsc/369
・リポート
レーザー兵器の事例と将来
https://dsc.or.jp/News/view/dsc/370
陸上自衛隊 第40代 第1師団長 陸将 兒玉恭幸 スペシャルインタビュー 陸上自衛隊 自衛隊
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