昭和金属工業株式会社及び筑波海軍航空隊記念館研修報告

自衛隊応援クラブのニュース

一般社団法人DSC

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1.筑波海軍航空隊記念館

令和になって初めてのバスツアーです。7月4日(木)0745に17名で出発しました。

1.筑波海軍航空隊記念館
多数の見どころを有する日本最大規模の戦争史跡でしたが時間と雨天の関係もあり司令部庁舎と新設された記念館の見学となりました。

1934年に霞ヶ浦航空隊の分遣隊として開設し、戦闘機パイロットの教育を行いました。1938年に独立し筑波海軍航空隊と改称。その後、戦況の悪化により所属パイロットが神風特攻隊として出撃。60名が戦死しました。

約1,500人に操縦訓練を行った航空隊は敗戦した1945年の10月に解体。跡地は病院や学校として利用されました。2013年12月から筑波海軍航空隊記念館として跡地の一般公開がスタート。2018年6月には記念館が旧司令部の隣の建物に移転してリニューアルオープンしました。記念館はプロジェクト茨城の運営により航空隊や隊員として活躍した方々の歴史を伝えています。

司令部庁舎の階段や司令官室は、陸上自衛隊武器学校の階段や校長室と配置を含め全く同じ造りでした。ガラスや扉に至るまで当時のままだそうです。

映画「永遠の0」のロケ地で使用された病室セットを再現したもの

「特攻隊員」を募集したそうで1流の大学を出た陸上選手や弁護士を目指していた優秀な人材が志願したそうです

様々な悲しいストーリーもありました。
・入隊後(のちに戦死)に花嫁だけでの結婚式を挙げ、一生独身を貫いた女性の話
・200通の文通の最後の手紙に爆撃機の風防ガラスで作った二人のイニシャルと自分が乗る飛行機のペンダントを同封した話
そんな彼らも出撃直前の記念写真では何も恐れない明るく元気な笑顔が印象的でした。
いずれにしても太平洋戦争の歴史に直に触れ「戦争」や「命、平和の尊さ」について考えさせられました。

2.笠間稲荷神社付近で休憩・昼食

日本三大稲荷の門前通りで思い思いの店に入りそれぞれの昼食を楽しみました。
食後の運動は茅の輪くぐりをしました。足元に順序が矢印で書いてありそれぞれ一礼してから左回り(左足から)→右回り(右足から)→左回り(左足から)→神前へ(左足から)
罪と災いを取り除き幸せが来ますように!

3.昭和金属工業株式会社

昭和18年の創業以来、金属加工技術をベースに主に火工品を製造しております。
特に小火器用の空包は日本で唯一の製造メーカーです。

沿革、事業概要、製品と技術のブリーフィングを受けました

二個班に分かれて現場を見学させていただきました。当然写真撮影は禁止です。

①薬莢製造
薬莢は実包の撃ち殻を再利用しているそうです。防衛省も節約しています。
得意の金属加工技術が活かされていました。
大まかな工程としましては、
・自衛隊から受領した撃ち殻の割れ、傷の有無を選別
・雷管やごみを取り除き洗浄
・形を修正し寸法に合わせて切断
・内筒(模擬弾頭)取り付ける溝を周囲に取り付け
です。

②内筒製造
弾頭を模擬したもので飛び出しません。
大まかな工程としましては、
成型→焼鈍→(空包薬投入)→先端絞り→塗装乾燥→検査
です。

③雷管製造
敏感で大変危険な爆薬を扱うため水分を含ませたり床に水を撒き感度を落とし安全を確保してました。
板に無数の孔があり小さな雷管体が収められておりました。ここに起爆薬を均一に詰める作業は他の製造工程とは違い自動化が難しく熟練の職人技でした。感触が一番正確だそうです。

現場見学中や最後の質疑応答で非常に活発な質疑がありました

自衛隊の訓練で使用している様々な色の煙や光及び音を発生する多種類の火工品を作成するほか砲弾やミサイルの火工品にもかなりの種類で関わっているそうです。
総火演では面前で昭和金属工業株式会社製の火工品がいかんなく性能発揮する場面を見るのが楽しみになりました。

昭和金属工業株式会社及び筑波海軍航空隊記念館研修報告

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