第41代 自衛艦隊司令官 松下泰士 インタビュー【自衛隊応援クラブ第30号】
会報誌
一般社団法人DSC
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9月29日、自民党国防議員連盟が開催した勉強会にて参考意見を示された松下泰士元自衛艦隊司令官に 「ミサイル防衛」 についてお話を伺った。
■イージスアショアと護衛艦について
北朝鮮から発射された弾道ミサイルに対応するシステムとして検討されてきたイージスアショアの配備計画が、ブースターが演習場外に落下する可能性が残るという理由で撤回されました。その代替案として今、海上自衛隊のイージス艦増勢による弾道ミサイル防衛(BMD)が検討されています。
私が自衛艦隊司令官をやっていた2014年頃までの北朝鮮は「人工衛星の打ち上げ実験」と称して、いつからいつまでの期間に、どのコースで打ち上げて、ブースター部分などがどの海域に落下するという情報を事前に公開していました。ですからその期間を重点に警戒を密にすることで、どうにか対応できていました。しかし、その後、北朝鮮は人工衛星と称することもなく、予告なしにミサイルを発射するようになりました。
北朝鮮が弾道ミサイルを頻繁に発射した2016年から2017年当時、BMDに対応できる海上自衛隊のイージス艦は、こんごう型護衛艦の4隻しか実質的にはありませんでした。この4隻で日本海側を常時監視して即応態勢を維持するというのは、イージス艦乗員に大きな負担をかけていただけではなく、護衛兵力も必要なことから、部隊運用上も厳しい状況にありました。また、北朝鮮の弾道ミサイルが高性能化していることに対しての危機感も切実なものとなっていました。
そこで注目されたのが、陸上配備型のイージスシステムであるイージスアショアで、速やかに予算化され、陸上自衛隊が運用することで準備が進められていました。これを断念する経緯はすで述べたとおりで、その後の代替案についても報道もされているとおりですが、この代替案について少し触れておくと、イージスアショアのシステムをリグや商船に搭載するという案、BMD専用の護衛艦を建造する案、そして所謂イージス艦を増勢する案というがありました。リグや商船案は、これまでの北朝鮮の弾道ミサイルの発射形態を念頭に置いたもので有事には極めて脆弱と言わざるを得ません。BMD専用護衛艦という案については、ただでさえやり繰りに困っている護衛艦において、単一目的の護衛艦は使い勝手が悪いばかりではなく、有事には強力な護衛兵力が必要で、これも良い案とは言えません。また、そのように脆弱性の高い状態にあるイージスシステムに米国が虎の子の技術を提供してくれるかという問題も生じるのではないかと危惧します。
こう考えてゆくと、洋上案を採用した段階で選択肢は所謂イージス艦になるのではないでしょうか。現在、BMDに対応できるイージス艦は、こんごう型護衛艦4隻の他にあたご型護衛艦2隻の6隻に加え、最新鋭のまや型護衛艦2隻のうち「まや」が今年の春に就役し、2番艦「はぐろ」が来春には戦列に加わり8隻態勢となります。
来年度から8隻態勢になるとはいえ、それらが常に即応態勢にあるわけではありません。もともと海上自衛隊では、即応態勢にある1隻の艦艇を確保するためには3隻の艦が必要という考え方をしています。艦艇は、定期的なメンテナンスとその後の訓練などを経て即応能力を有するレベルとなり、そしてまたメンテナンスへとローテーションするからです。
イージスアショアの場合は、主たるメンテナンスはイージスシステムのみになりますので、ほぼ連続的に運用が可能ということです。加えて、ひっ迫する海自の人員不足にも優しいということで魅力的ではありました。
今、政府はBMD能力の強化にイージス艦の増勢をもって対処する方向に舵を切ろうとしていますが、ここには解決すべき二つの大きな問題があります。それは、イージスシステムの選定とイージス艦増勢に伴う人員確保の問題です。
■SPY-7かSPY-6か
先ず、イージスシステムに使用するレーダーについて述べてみたいと思います。我が国は、イージスアショア用レーダーの選定にあたって、レイセオン社のSPY-6にするか、ロッキード・マーティン社が提案したLMSSR(SPY-7)にするか検討を重ね、結果的にLMSSR(SPY-7)を採用することにしました。その性能の細部について知ることはできませんが、この時すでにアメリカ海軍が2024年に就役予定のイージス艦にSPY-6レーダーを採用することを決定していましたので、どうしてSPY-7なのだろうと思った記憶があります。イージスアショアの配備が断念され、その代替を洋上に求めることとなった今後の焦点は、そのイージスシステムで採用されるレーダーがSPY-6なのかSPY-7なのかということになるかと思います。
紙面上の性能ではSPY7は優れたレーダーだと聞いています。しかし、開発段階としてはSPY6が先行しています。SPY-6はアメリカ海軍が新造艦を含めおよそ50隻程度の艦で装備化するとのことですから、運用上で確認されたハード面の不具合やシステムのバグの改修、機能向上などがこちらにフィードバックされてきます。ですから、機能面でも乗員の教育面でも、より円滑な運用が可能になりますよね。これがSPY-7となると、日本国内の経験値だけで対処していかなければならないわけです。日本に先駆けてカナダなどでSPY-7を導入するという噂もあるようですが、これも不確定です。
SPY-7の場合は、洋上対応のシステムに設計変更などが必要でしょうし、当初の要求性能にない機能を付加する場合などでは、メーカーの言い値を支払って導入する以外に選択肢がありません。もし、SPY-7を採用してイージスシステムを構築するなら、価格面では、SPY6の価格を参考に交渉すべきだと思います。
とはいえ、日本政府は、イージスアショアの計画に際してSPY-7を正式に導入することを決定し、すでに数十億円を支払っています。それを白紙に戻すのであれば、これを無駄にするだけではなく違約金を払う必要も出てくるでしょう。それを回避する意味でも地上配備を前提としたSPY-7を仕様変更してイージス艦に搭載できないものかという発想になってきます。ここで押さえておきたいのは米海軍とのインターオペラビリティ―、価格、教育、システムの維持管理、ライフサイクルコストそしていつ取得できるのかなどの総合的な評価です。
また、既存のイージス艦のイージスシステムをどうバージョンアップしてゆくのかも視野に入れた検討が必要になるはずです。さらに、わが国が対峙する相手は北朝鮮だけではありません。そうなるとイージスシステムに期待するのはBMDだけではなく、より幅広い対処能力ということになります。いずれにしろ、この問題は、敵基地攻撃能力を含め、どう総合的な防空能力(IAMD)を構築するかという議論の中で検討しなければならないギリギリのところに来ていることを認識する必要があると思います。
■隊員の確保には出口対策も大事
海上自衛隊の任務増と人手不足は有名で、隊員の献身のみが海上防衛を支えていると言っても過言ではないと思います。さて、海自の人手不足には少子化の他に3つの要素があります。一つ目は、海自での仕事を代表するのが海上勤務で、長期の航海で拘束期間が長いことや携帯電話が使えないなど負のイメージからくる募集難です。二つ目は、定員そのものが予算で抑えられていることです。現在、約4万5千人の定員の93%くらいで査定されていると思います。1%充足率を上げるだけで450人の増員になりますから、イージス艦が2隻増えても海自の法定定員の中です。もっとも、定員にはすべて根拠がありますので、配置増に対しこれに見合うスクラップがない限り定員も増やさなければなりません。三つ目は、海自の定員そのものの考え方にありますが、これを理解していただくには説明が長くなりますので省略します。
今日は、これらのうち募集難にどう対処すればいいかについて考えていることをお話したいと思います。防衛省・海自としても、携帯電話が使えないことへの対策として、艦内から秘匿性を保ちつつ家族通信ができるように環境を整えたり、母港での停泊時の当直を緩和したり、初任給UPや大学受験への便宜などいろいろ工夫されているようです。
これらはいずれも募集状況の改善に視点を置いたもの、即ち入口対策です。これらはとても重要なことですが、処遇、魅力化という面では、出口対策にも目を向けるべきではないかと思います。若年退職者の給付金はあるんですが、民間企業で60歳の定年まで働いた人と比較すると、満足いく額とは言い切れません。そうした金銭上の不安を取り除くためにも、退役後の生活を社会が保障する仕組みが必要ではないかと思います。こういったことがしっかりしていると就職先として選ぶ人が増えるのではないでしょうか。また、OBの優れた知識・技量が高額な報酬で海外に流出するかもしれないという安全保障上の観点も必要だと考えています。
今回のイージス艦の増勢方針に合わせて、人員確保のために更に定年延長する案が出ています。この方法の他に、現在、特に問題がなければ65才まで雇用される再任用制度を柔軟に運用できるようにするのも方策の一つではないかと思います。新隊員を急増させるのは極めて困難ですので、再任用者数でコントロールしながら所要の隊員数を確保してゆく訳です。これにより高練度者の安定的確保も可能になります。
いずれにしろ予算の裏付けが必要で、防衛費の枠がGDP2%まで確保されれば、十分実現できると思います。したがって、根本部分は政治の課題であり、政治家が本気で取り組んで解決すべき問題なのだということですね。自衛隊内部の努力だけで解消される問題ではないのです。
あと、ちょっと次元の違う話というかお金のかからない方法ですが、自衛官がもう少し国民から評価されて、感謝される存在として認められる必要もあると思うんです。海外での例ですけど、今から十数年前の練習艦隊がフロリダのタンパに寄港したとき、司令官が、メジャーリーグの試合で始球式をしたそうです。別のケースでは、海外で民間の飛行機で移動中に、機長の機内放送で「今日は皆さんついてますよ。日本のスリースター・ジェネラルが本機には乗っています。」なんてアナウンスしてもらった人もいたそうです。米国では、軍人は無料という施設がたくさんあります。日本では考えられないですよね。感謝されるために自衛隊員になった人はいませんが、実際に感謝の気持ちを示されるというのは、日々の激務をこなす隊員のモチベーションを高める意味でもきわめて重要なことです。
写真は護衛艦「くまの」進水式 基準排水量3900トン、全長133メートル、全幅16.3メートル、乗務員約90名。(写真・文字は海上自衛隊HPより引用加工)
■ 余談 ■ 退役艦の活用について
いずれ退役を迎えるイージス艦「こんごう」や「きりしま」を適切な場所に係留させては!?と折りに触れて冗談めかして語っています。勿論イージスアショアの要求性能には及びませんし、警備上の重大問題もありますが、すでにある装備がそのまま使用できますから、不要な装備を撤去して最低限の人員を配備するだけで済みます。所用の知識・技量を備えた OB自衛官を活用すれば、再教育のための時間も最小限に抑えられますし、メリットは大きいのではないでしょうか。
第41代 自衛艦隊司令官 松下泰士 プロフィール
昭和53年 防衛大学校(第22期)卒業
昭和53年 海上自衛隊入隊(候校29期)
平成8年 護衛艦ゆうぐも艦長
平成13年 第3護衛隊司令
平成17年 第2護衛隊群司令
平成18年 練習艦隊司令官
平成19年 海上自衛隊幹部学校副校長
平成21年 佐世保地方総監部幕僚長
平成21年 自衛艦隊司令部幕僚長
平成22年 護衛艦隊司令官
平成24年 第41代 自衛自衛艦隊司令官
平成26年 三菱電機(株)電子システム事業部 顧問
令和2年 公益財団法人水交会 理事
第41代 自衛艦隊司令官 松下泰士 インタビュー 松下泰士 艦隊司令
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